2話 「ガインという存在」

  ごぼり、と地表面を溶かし落としながら、ガインが姿を現す。
  「久方振りの地上は、やはり眩しいものですね」
  「そういうものか」
  「それにしても、随分 様変わりしていますね。私が落着した時点では、大気は存在していませんでした」
  (この星で造られたものではない、か……。どこまでが真実なんだ)
  「先程は ああ言ったが、仲間と合流するまで使わせて貰っても構わないか?」
  「ええ、どうぞ。私としましても、自力では動けませんし、お役に立てるので あれば」
  「済まないな」
  それほど離れていない筈だと考えたロックは、先刻の交戦ポイントまで戻り、まずは仲間達の機体を探した。
  既に双子の悪魔の姿は無く、ぶすぶすとくすぶる、4機のGHM-78の残骸が残るのみだった。
  どの機体も、恐ろしいまでに正確に、コクピットを狙われていた。
  シールドを除けば、四肢に殆ど傷は無く、徹頭徹尾の一撃必殺のようだった。
  脱出した形跡は……見られなかった。
  「…………」
  「これは?」
  「俺の部下――仲間の、機体……だった」
  敢えて過去形で表したロックに、ガインは何も答えない。
  (また、失ってしまった)
  弔いを済ませ、立ち上がるロック。
  次の行動としては、他の小隊との合流を目指すのが本来なのだろう。
  だが、この星に双子の悪魔が居るのであれば、残る五つの小隊も無事とは限らない。
  それどころか、母艦である揚陸艦も含めて、全滅している可能性すらあった。
  果たして、アマリアの索敵網を掻い潜り、邂逅ポイントへ辿り着いたロックの見たものは、自分達をアルカディアWへ送り届けた揚陸艦群の残骸、だけだった。
  (生き残ったのは……俺だけ、か)
  完膚なきまでに破壊された その様からは、捜索するまでもなく、生存者は居ないだろうと思われた。
  新たな機体を得たとはいえ、たった一機で敵の拠点を どうにか出来る訳がない。
  ロック達が、アルカディア恒星系まで乗って来た三隻の中型航宙艦は、アルカディアWとXの中間に漂うアステロイド・ベルトに留まっている筈だった。
  しかし、民間船を改装したものの為、戦闘能力は無い。
  戻れるなら本営に、いや せめて、アマリアの領域を出なければならない。
  「ガイン、先刻言っていたな。この機体は、単機で大気圏を離脱出来るのか?」
  「はい。造作も ありません」
  「ならば、少し長くなるが、付き合って貰おう」
  「その前に、質問させて頂いても宜しいでしょうか?」
  「む? 何だ?」
  ガインは、ロックの任務について興味を持ったようだった。
  作戦行動に ついて言及する事は、本来 機密漏洩なのだろうが、ガインは人工知能だ。
  そして この状況を鑑みるに、もはや作戦遂行は不可能と言って良かった。
  かいつまんで説明するロック。
  「では、補給基地を使用出来ないようにすれば良いのですね?」
  「それは、そうだが。この状態では不可能だろう」
  「可能です。人命を尊重する、と約束して頂けるのであれば、ですが」
  それは、驚くべき提案だった。
  「何を――言っている?」
  話を整理した所によると、こうなる。
  ロックが仲間を弔っている間、ガインが情報収集した限りでは、現有兵器で この機体が損傷を負う可能性はゼロである事。
  基地施設の破壊のみを目的とするならば、人死にを出さずに遂行する事は可能である事。
  そして――
  「何故、そこまで俺に?」
  「先程も申しましたが、私は自力では動けません。動機は、と問われれば、貴方のお役に立ちたい、としか。理由は、お答え出来兼ねます。私自身にも不明ですので」
  本当に人工知能なのか、とロックの中に疑念が生まれる。
  これでは まるで、感情を持った、人間ではないか。
  「本当に……可能、なのか?」
  「はい。蛇足ながら申し上げますと、この機体が最大戦闘力を行使した場合、“恒星一つを”消滅させる事が可能です」
  「な――」
  問いを重ねたロックだったが、この時点では既に、心を決めていた。
  ガインと同じく、何故かは判らなかった。
  判らなかったが、間違った事は言っていないと、もっと言えば、信じられる、と、そう思えたのだ。
  結果として、その言葉には一片の嘘偽りも無かった。
  敵HM、基地の対空兵装、歩兵の携行火器に至るまで、如何いかなるものも、ガインを傷付ける事は出来なかった。
  既に この星を離れていたのか、双子の悪魔の姿は無かった。
  重要拠点だけあり、HMも少なくない数が駐留していたが、双子の悪魔の様な、限界まで強化された兵や機体なら いざ知らず、一般機の機動性など たかが知れている。
  文字通り、赤子の手をひねるが如く、無手のガインに腕部や脚部をじ切られ、次々と擱座かくざしていった。
  そんな理由も重なり、ガインの側からは一切の武装を使わぬまま、基地を壊滅させてしまった。
  それも、死者を一人も出す事なく。
  改めて その惨状を見遣り、自分の仕事でありながら、呆気に取られるしかないロック。
  合流ポイントから補給中継基地まで到達する間に、自分達以外の小隊が全滅している事を確認していたロックは、その足で大気圏を離脱、アステロイド・ベルトで待つ航宙艦へ、合流を果たすのだった。

  敵の目を掻い潜り、何とかアマリアの領空を抜けた三隻の航宙艦は、ロックの所属する、銀河北辺方面軍、第13群 本隊と合流する。
  ガインという新たな機体を得たとはいえ、自身の機体すら失い、ただ一人、それも身一つで帰還したロック。
  母艦の格納庫ハンガーへ収容され、床へ降り立つと、ようやくに、ガインの全体像を把握する。
  航宙艦の中では、敵襲に備え、機体から降りなかったからだ。
  そそり立つ鉄巨人は、全高こそGHM-78を頭一つ越す程度だったが、その外観のボリュームは倍に見える程だった。
  一見して判る武装の類といえば、おおよそ肩部装甲に接続されている、斬撃武装とおぼしき、青いブレードぐらいだった。
  背部には、リニア カノンか、バズーカに見えなくもない、砲身状の構造物が一対存在したが、それが武装なのか、或いは推進システムの一部なのか、ロックには判断が付かなかった。
  しかし、と思い返す。
  少なくとも、この機体の防御能力が、桁違いな物だという事は、この目で見た事実だ。
  (この機体が あれば――)
  心に浮かぶくらい炎を、ロックは振り払う。
  (違う! そんな事をしても、失ったものは戻らない。いつだって……)
  気付くと、ガインの周囲に人だかりが出来ていた。
  「拒否します」
  汎銀河連盟の領域に入った時点で、報告書は転送してあった。
  そのせいだろう、機体の調査をすべく、上官が整備班を引き連れて来たが、ガインはがんとしてね付けた。
  「こ、こいつ、たかが人工知能の癖に、人間に逆らうというのか!」
  「お言葉ですが、私は造られてから1300年を数えます。貴方よりも年上と言えます」
  「な……!? 馬鹿な! 人工知能技術が確立してから、たかだか200年だぞ! そんな古代に人工知能が存在した筈が あるか!」
  「何と言われようと、事実です」
  この不毛な やり取りは、一体何時いつまで続くのか。
  疲労感にさいなまれながら、ロックは身体だけでも休めるべく、自らに宛がわれた個室へ戻った。

  「ロックさん。どうしました? お休みになったものと ばかり?」
  「いや、寝付けなくてな」
  自室で横になっては みたものの、寝入る事が出来ず、睡眠導入剤を使う気にも ならなかったロックは、自然とガインの許へ足を向けていた。
  「なあ、ガイン」
  「はい」
  「光圧駆動回路というのは、地球で発明されたものなのか」
  だが、来たは良いが、話題も見つからず、取り留めのない話を向けるロック。
  「ええ。私にも搭載されています。何故その存在を?」
  「知っているさ。HMの心臓とも言える部品パーツなんだからな」
  「そうでしたか。現在 存在する人型機動兵器は、この機体の弟達、と言えるのですね」
  「そうなのか?」
  「かつて創造主マスターは、自身の専用機だった この機体をデチューンした、量産前提の機体を建造していました。それが、貴方がた が使っている機体の、祖となっているのでしょう」
  HMを人型機動兵器として成立させる、第一のファクター、光圧駆動回路。
  その製造施設は、遥か昔、地球より盗み出されたものだという、アンダーグラウンドな噂があった。
  しかし、その存在を独占している事実こそが、汎銀河連盟という超巨大組織を成り立たせている事は、疑いようがない。
  「私に搭載されているものは、最初期に製造されたものです。ロットワン、いえ、むしろオリジナル、或いは試作型と呼んだ方が正しいかも知れませんが」
  「待て……それは、つまり――」
  「恐らくは、ご想像の通りです。光圧駆動回路、その製造施設を造り上げた者と、私、及び この機体を造ったのは、同一人物です」
  「まさか……お前は本当に、“あの”伝説の戦闘艦に搭載されていた機体、なのか」
  「あの、と言われましても、私は貴方の言う伝説というものを存じ上げませんので、何とも申し様が ありませんが」
  ネットワークに繋げられれば、その手の情報は幾らでも転がっているのだが、生憎ガインには規格に合うコネクタの類が存在しなかった。
  そこでロックは、自分の知る限りの知識を語って聞かせた。
  かつてM13銀河を駆け抜けた、“白銀の翼”の伝説を。
  「ふむ。まず間違いないかと。ただ、かなりの部分が、誤って伝わっている様ですが」
  「そう、なのか……」
  改めてロックは、とんでもない拾い物を してしまった事を実感した。
  「地球――とは、どんな惑星ほしなのでしょうね」
  唐突に。
  謎めいた呟きを漏らすガイン。
  「おかしな事を言う。お前は、地球で製造さつくられたのではないのか?」
  「あのふねの中で造られ、そのまま旅立った故に、の星を見た事が ありません。私は――地球という星を見てみたいのです」
  「そうだったのか」
  「ロックさん、御迷惑でなければ、私を連れて行っては貰えませんか」
  そうだ。
  如何いかに桁違いの能力を持った機体でも、如何に高性能な人工知能だとしても、ガインは、自身では機体を動かせない。
  誰かが動かしてやらなければ、一歩たりと、移動する事も出来ないのだ。
  「いや、俺は……」
  「すみません、唐突に過ぎました。ですが、検討して頂けないでしょうか」
  「……判った、考えるだけは、考えてみよう」
  にべも無く断る事に、何故か抵抗を覚えたロックは、当ても無いままに、答えてしまった。
  「有り難う ございます」
  「?」
  刹那、視界の端に人影を見た気がしたロックが振り向くが、そこには誰も居なかった。
  (……気のせい、か?)
  根拠も無く湧き上がってくる悪寒と共に、そう切り捨てる事にした。
  「さて、少し休まないとな……」
  再び自室へ戻るべく、腰を上げる。
  「お休みなさい、ロックさん」
  「ああ」
  自室へ戻り、横になる。
  先刻と違い、ようやく眠気に身を任せられる気がした。

  「中尉、出撃ですか?」
  「ん? ああ」
  出撃を控え、ハンガーへ入ったロックに、小隊担当だった若い整備兵が、声を掛けて来る。
  「よく判りませんけど、凄い機体ですね、これ。あ、補給は済んでますので!」
  「補給……?」
  改めて考えてみれば、当然の事ではあったが、如何に常識外れな性能を有しているといっても、まさか補給まで必要ない訳が ないだろう。
  (だが、あれほど触れられる事を嫌がっていたのに?)
  「ガイン?」
  「調査されるいわれは ありませんが、補給は必要ですから」
  もっともな答えが返る。
  「しかし、武装は使っていない筈だが」
  「はい。ですが、大気圏離脱 等、少々燃料を消費しましたので」
  「それも――そうか。燃料ペレットの規格、合うものが有ったのか?」
  「偶然か、規格が変わっていなかっただけなのかは不明ですが、ぴたりと一致しました」
  「こう言っちゃなんですけど、GHMの投入口よりスムースに挿し込めた位でしたよ」
  「……確かに、特に整備士長には聞かせられないな」
  「へへ、どやされちゃいますね」
  鼻の頭を指で擦りながら笑う、若い整備士。
  グリースか、オイルかは判らないが、それを塗れた手でやるものだから、鼻の頭は真っ黒になっていた。
  「鼻に付いてしまっているぞ。ちゃんと拭いておけよ」
  「うぇ!?」
  慌てて、ツナギの袖で ごしごしと鼻を擦り出す若い整備士を横目に、ガインへ乗り込むロック。
  「……あっ、中尉、御武運を!」
  「ありがとう」
  コクピットを閉じ、発進スペースへ入って行く謎の機体を見送りながら、ぼんやりとしている若い整備士の背中に、かみなりごえが落ちる。
  「おい、ボウズ。何ボーッと してやがる!」
  「!? 整備士長おやっさん
  「担当機体が無くなったからって、俺等の仕事が無くなった訳じゃねぇんだぞ!」
  「おやっさん……」
  「な、何でぇ?」
  普段なら、どやし付けた途端に すっ飛んで逃げる若者が、何やら暗い顔で佇むさまに、毒気を抜かれる整備士長。
  「中尉……笑ってました。俺の、いつものドジに、笑ってくれました」
  「…………。そうか。辛ぇだろうな、アイツも」
  「ハンガー、こんなに広かったんですね……」
  格納すべき機体を軒並み失ってしまった格納庫は、がらんとして、普段の何倍も広く感じた。
  「ああ。もう何度も経験してるが、空いちまったスペースを見ると、虚しいもんだ」
  「機械、弄ってたい。それだけだったのに……。HMじゃなくていいから、民間に移ろうかな……」
  「それも一つの道だろうな。……俺も軍 辞めて、修理工でも するかねぇ」
  二人の会話は、常より広くなってしまった空間に吸い込まれ、消えて行った。


3話 「北辺戦線の異変」

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